日本では、2013年頃から2024年の現在に至るまで「ベンチャーブーム」と見られています。なぜ2013年頃からベンチャーブームが始まったとみられるのかというと、ベンチャー企業への投資金額が増えているためです(下のグラフ参照)。
(出典)林 龍平氏「国内スタートアップ資金調達動向と日本ベンチャーキャピタリスト協会の活動」https://lfb.mof.go.jp/kyusyu/content/000237159.pdf
なお、グラフのタイトルは「スタートアップによる資金調達額金額推移」となっていますが、新しい商品や事業を提供する新興企業は「冒険する」という意味で「ベンチャー企業」と呼ばれてきました。「スタートアップ」というのは、「ベンチャー企業」のうち短期間で急激に成長する(スタートしていきなり業績が上向く)ベンチャー企業を意味する言葉ですので、ベンチャー企業であっても短期間で急激に成長した企業でない企業はここでは「スタートアップ」とは呼ばないようにしています。
≪Debt(デット)とEquity(エクイティ)とは?≫
ベンチャー企業であろうがなかろうが事業開始後すぐに収益が得られることはまずないため、事業を開始する際には収益が得られるまで食つなぐための資金が必要になります。事業を営む資金が不足する場合、一般的には銀行などの金融機関からの借入が行われます。この借入はカタカナ語で「Debt(デット)」と呼ばれますが、その名の通り、借入には返済義務(負うているもの=Debt)があり、通常は利子の支払いも求められます。
しかし、売れるかどうかわからない新商品や新サービスを売り出そうとするベンチャー企業の場合は、事業資金を貸し付けても返済できる見込みを立てづらいため、銀行のような金融機関からの借入を受けづらくなります。そこで登場するのが「投資」です。投資は、カタカナ語で「Equity(エクイティ)」と呼ばれるのですが、ベンチャー企業が投資を受ける場合、一般的には投資家に株式(Equity)を買ってもらうという形をとることによります。
ベンチャーキャピタル(投資家)は、持っているおカネでベンチャー企業の株式を買い(投資し)、会社が成長して株価が上昇すると、株価が上昇した分の利益を得ることができる、というわけです。投資は、基本的に返済義務がなく利子の支払いも求められません。投資において求められるのは、投資された資金を元手に事業を成長させて株価を上昇させることです。
VCと略されるベンチャーキャピタルというのは、ベンチャー向けの投資を行う投資家や機関です。ベンチャー企業に対する資金提供というのは、前述したとおり、銀行のようなしっかりとした金融機関が二の足を踏むような不確実性が高い(返済されるか怪しい)企業に対する資金提供です。このため一般的なベンチャー投資では、成功すれば投資した金額の何倍も何十倍もの株価上昇が期待されるようなベンチャー企業に投資しようとします。このようにベンチャー企業への投資というのは不確実性が高いハイリスクハイリターンであるため、VCは事業資金を融通する金融業の中では異色の存在となります。
≪ベンチャー投資における日米差≫
というように、ベンチャー企業に対する投資(VC)というのは金融業として特殊なのですが、ベンチャー企業に特化した資金提供という特殊な世界であればこそなお、ベンチャー企業の「支援」「育成」に関する日米の違いが見えたりします。
(出典)内閣官房(https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai8/siryou1.pdf)
上に掲げた図によれば2019年のベンチャー投資は日本が投資先1,400件、投資額2,200億円であり、平均値で見れば1件当たりの投資額は約1.5億円となります。対して米国では、投資先企業数は12,000件で投資額は15兆円とされているので平均すれば1件当たりの投資額は12.5億円となります。
物価も最低賃金も米国は日本より高いので、単純な比較はできないのですが、ベンチャー企業を立ち上げて経営する身として、投資先のVCとの間で「10年でゴール(M&AまたはIPOなどをする)」という約束で投資を受けた場合、この金額の差は次のような差に感じられます。
いかがでしょうか。
目標は、30kgの培養肉を100km先まで運んで3日で売りさばいて買付価格の3倍の売り上げを上げること。日本の場合、VCは目標達成のために1万5千円出す。対して、米国ではVCは12.5万円出す。
「30kgの培養肉」って、10kgの米袋3つ分ですよ!?これを100km先まで運んで3日で売りさばくというのはなかなか大変です。1.5万円出してもらったところで買えるのは電動でない自転車くらいで途中でパンクしたらダメかもしれません。米国であれば、12.5万円ありますから2~3人で分けて運んで売れるかもしれないし、一人でレンタカー使って移動しながら売れるかもしれない。そもそも新しい物好きの米国に対して、日本では得体のしれない新商品はなかなか売れません。
≪国策ベンチャーブームと新興企業の海外展開≫
これまで日本には、現在のベンチャーブームの前に2回または3回のベンチャーブームがあったとされています。第2次大戦が1945年に終わった後の1950年~1960年頃を第1次起業ブームとすると、第2次ベンチャーブームは1973年前後で日本電産(現ニデック、1973年)、セブンイレブン(1973年)やキーエンス(1974年)などが設立されています。その次の第3次ベンチャーブームは1990年前後からの2000年代始めと言われています。この第3次ベンチャーブームはまさに「失われた30年」の時代であり、米国ではGAFAMを構成する複数の新興企業が設立されており、日本でもソフトバンク(1986年)、楽天(1997年)やDeNA(1999年)などが設立されています。
ソフトバンク、楽天、DeNAは今や日本では立派な大企業であり、GoogleやFacebookが生まれた米国のように新興企業が生まれていない・・・と言わなくてもよいようにも思えます。しかし、第3次ベンチャーブームで設立された新興企業はほとんどがIT企業であるところ、日本のIT企業で世界で成功している企業はないと言われています。実際、海外売上高比率は、日本電産88%(2021年)、キーエンスは62%(2022年)、セブン&アイが7割超(2022年)であるのに対し、ソフトバンク8%(2022年)、楽天16%(2021年)といった具合です。
要するに日本では「失われた30年」の間、海外で事業をして稼げる新興企業が登場していない!ということで近年、国を挙げて起業を推奨しているのですが、日本と海外とでは文化風土が大きく違うため、事業の進め方、特にフィットする事業戦略は変わってくると私は考えています。この点については、機会を改めて書くことにします。
2024/1/13記事掲載