実践「経営学」
能力開発の階段:「知る」「わかる」「できる」「伝える」
情報処理技術(IT)の発達により、現代では、江戸時代の1年分の情報が一日で提供されているとも言われています。私たちが触れることができる情報の量はこのように膨大になっていますが、溢れかえる情報を前に、情報を調べない、調べたくない人もいます。例えば下のグラフには、月に一度も検索サイトで検索をしない人が若年世代で20%以上、いることが示されています。
(出典)MarkeZine(https://markezine.jp/article/detail/36719)
私は2000年代初めから10数年間、東京で情報サービス業に従事していたのですが、東京時代の私の周囲や自分自身は、知らない知識や言葉などに出会ったり、何かを知りたいと思ったりすると、すぐに情報検索をして知識を増強することが当たり前でした。しかし、2015年に東京から大阪に引っ越して感じるようになったのが「ネットで検索しない」人は年齢性別を問わず、自分が思っていたよりずっと多い、ということでした。
特に優れた技術を持ち、比較的狭い商圏でよい評価を得ている商材や信用がある事業者さんの場合、付き合いがある顧客や事業者さんからもたらされる情報で充足し、インターネットを介して情報を発信したり収集したりすることにそれほど熱心でないように感じることもあります。こうした方々は、リアルな生活や事業で充足しているので、わざわざ「余計な」情報に触れたり探したりする必要を感じないのかもしれません。
しかし何か困ったことが生じて解決できない、新しいことをやろうとする、現状を変革しなければならない、といった場合は、いままでの経験やいまある知識、スキルだけでは対応ができません。つまり「いままでの経験や知識、スキルでは対応できない」事態に対応するためには新たな能力、つまり人や組織の成長が必要になるわけです。
ここで人が能力を高め育つ段階には「知る」「わかる」「できる」「教える」という段階があるそうです。確かに、知っていればできるわけではなく、例えば、クロールという泳法を知っていたところでクロールができるわけではありません。そこで、クロールという泳法ができるようになるためには、まず、やってみて、上手くできるようになるまで練習する必要があります。
優れた軍人であったと評される山本五十六さんの名言の一つ「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ。」という言葉はまさに、人を育てるために「知る」「わかる」「できる」という段階を踏ませる必要性を述べた言葉と言えるでしょう。
上の絵では、「知る」「わかる」「できる」「教える」という能力開発のプロセスを描いたのですが、この絵に描いた通り、一人前のプロになるには、知識の壁、行動の壁、技量の壁といった壁がある山を登る必要があります。
あなたの知恵や知識は伝えられますか?
ただしすべての人がこのプロセスでプロになるわけでもなく、「知らない」という状態のまま「やってみて」「できるようになった」人もいます。いわゆる叩き上げ、現場上がりの方にこのタイプの方を多く見かけます。このタイプの方は、言語として伝授される知識の取得という段階を経ていないため、「やって見せる」ことはできても「言って聞かせる」ことが上手くないことがあります。また、「言って聞かせる」ことができたとしても、「何をやるのか」を言って聞かせているだけで、何がしかの「プロ」として必要な「知識」は伝授できていないこともあります。
岩尾俊兵氏『世界は経営でできている』に「人間がこれだけ栄えたのは、先人の知恵や知識を活用し」たからであり、先人の知恵や知識を学ぶ「勉強」は人間にとって生き抜くために必須だと書いてあります。岩尾氏は、「勉強」には基礎的な知識を取得することと、取得した知識を実践する時間とが必要であるところ、「すべての知識は全体を部分に分けることができ」、「複数の部分が繋がって初めて全体になる」のだから、さっさと全体観を把握する必要があるのに、全体が把握できないと勉強が進まないという趣旨のことを書いています。
「勉強が進まない」というのは、知識やスキルを伝授される側にとってはストレスが溜まります。特に、膨大な知識を短時間で取得するとことに慣れた人にとっては、「複数の部分が繋がることで全体になる」ように整理や構造化がされていない知識をダラダラと披露されたり、文字にしてくれれば「勉強」できる知識を「やって見せ」られたりすることは苦痛です。
濃厚な師弟関係の中での技の伝授を好む日本では、先人の知恵や知識は「勉強」するより、先人のやっていることを真似ることで知恵や知識を伝授する「徒弟式」のスキル伝承や、「OJT」という名の人材育成法が長らく幅を利かせてきました。しかし、早くスキルを獲得したい人にこうした人材育成法を用いて「習うより慣れろ」といったところで古くて無駄に時間がかかる人材育成しかできないと思われかねません。
「経営/マネジメント」の「勉強」
日本は、企業経営に携わる方々が「叩き上げ」で、「経営」について体系的な知識を持つように「勉強」していないことが少なくありません。経済社会が発展する中、事業活動は複雑になり、企業を経営するためには商材の開発から製造、販売、収益プロセスの開発や管理、さまざまな利害関係者とのコミュニケーションの取り方といったさまざまな知識やスキルが必要になります。それゆえ、いまや企業経営のプロといっても、経営にかかわるさまざまな分野のすべてができる人はいません。けれども、経営を仕事とする以上は、経営にかかわるさまざまな分野の「知識」を持つことが求められ、そのためにはさっさと全体観を把握して知識を取得し、知識を実践する時間を持つことが必要であるように思います。
「叩き上げ」でプロになった方の中には、経営学を体系的に学ぶような勉強を苦手と感じる人も少なくありません。しかし、こうした方々が苦手だったのは学校の勉強であり、多くの社会経験を積んでから、「経営」にかかわるさまざまな知識を体系的に勉強してみると、勉強は意外に面白く感じられるのではないかと私は思っています。
岩尾俊兵氏『世界は経営でできている』は、経営の神髄ともいえる「マネジメント」が人々の暮らしのさまざまな問題の勃発や解消に関係していることを書いており、経営に携わる方でなくとも一読してみると経営学に親しみを感じられるかもしれません。
2024/2/8 記事掲載