≪「適正」な売値とは?≫
事業を営む上で「値付け」は難しいと感じます。
商材をつくって提供する事業者にとっては「商材を製造するコスト≦売値」とする必要があります。一方、商材の買い手(顧客)にとっては、「自分が求める価値≧売値」でなければその商材は購入しません。ということは「商材を製造するコスト≦売値≦顧客が求める価値(顧客価値)」となる値付けが「正解」です。
ところで「商材を製造するコスト」というのは客観的に計算され誰にとっても同じ値ですが、「顧客価値」は、顧客の価値観や必要度に応じて異なります。つまり同じ商材であっても、顧客が感じる価値(顧客価値)は「顧客によって違ってしまう」主観的な価値であり、本来は一律に定めることができません。
また、提供される商材の数や質が一定(すなわち供給が一定)であっても、その商材を求める顧客の数、顧客がその商材を必要とする程度、すなわち需要は変化します。供給が需要を上回る供給過剰の状態では顧客が商材を必要とする程度は大きくなりませんが、需要に対して供給が少なければ、顧客が商材を必要とする程度は大きくなることもあります。例えば、コロナ禍の初期、マスクの供給が増えない中で需要が急増した結果、顧客の「マスクが必要だ」という思いが強められ、実際に必要とされる以上に需要が大きくなり、マスクの値段が高騰しました。
≪「人口=需要の自然増加」から「人口=需要の自然減」へ≫
日本は長らく人口増加社会であり、人口が増加することで需要も自然に増加する「供給<需要」という状態が続きました。「供給<需要」の状態では、供給側(商材を製造する側)の都合で「製造コスト≦売値」としても商材は売れて事業者は利益を確保できます。また、1950年代から1980年代くらいまでは、「供給<需要」の状態で工業化が進行して商材が大量生産されるようになり製造コストも低下し売値も低下したため、商材供給側の理屈での「製造コスト≦売値」という値付けも受け入れられてきました。
しかし図に示す通り、1990年代以降、人口増加が止まり需要は自然に増えないにもかかわらず「売れ筋」商材について供給側が供給量を増やす状態が続き「供給≧需要」という状態が生じるようになってきました。
出典:総務省HP(http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc111110.html)
「供給≧需要」という状態では売り手より買い手が優位に立ち、売値を下げなければ商材が売れない状態になります。平成のデフレ、経済の停滞は、人口が増加しない=需要が増えないのに、人口=需要増加の時代のまま供給を増やし続けた事業活動が招いたという側面はあると私は考えています。
≪「安い」のはいいことでしょうか?≫
工業製品は基本的に、製造工程を大規模化、機械化することで安く大量に製造されます。このため「製造コスト≦売値」となる売値も低くできます。しかし、「売値≦顧客価値」、つまり売値を「顧客が感じる価値を反映する値」として考えた場合、「売値が安くないと買われない」という状態は、顧客は、その商材にあまり価値を感じていないと考えることもできます。
日本で日用雑貨や家電製品といった生活必需品が工業的に大量生産されるようになった1950年代から1980年代は、戦後の物不足の記憶があり、顧客は、新しく登場する工業製品に対してこれまでになかった新しさや便利さ、すなわち価値を感じていたと思います。
しかし1990年代以降は、さまざまなモノやサービスが次々と登場し行き渡るようになりました。すなわち、顧客は自分が「欲しい」「必要」と考えるモノやコトをすでに手に入れるか、簡単に手に入れられる状態にあります。このため、多少の目新しさはあったとしてもよほど革新的な商材でなければ「必要」「欲しい」と感じづらい状態になると考えられます。
生活必需品を提供する良心的な事業者さまには、「気軽に買っていただけるように自社製品やサービスを安くしたい」と仰る方も多いのですが、似たような商材が幾種類もある中での「気軽に買える安さ」は、その商材には大した価値がないと思わせてしまう場合があります。
ゴミ収集のお仕事もされている芸人の滝沢秀一さんが、インタビューで「お金持ちはゴミを出さない。けれども、庶民は安いけれど長持ちしない「消え物」を大量にゴミに出していて、おカネを出してゴミを買っているように感じる」と言っておられました。「お客さまに良い品を安く提供したい」と思っておられる事業者さまには申し訳ないのですが、「お客さま」にとっては、その事業者さま以外の事業者さまも同じような、あるいはより魅力的な商材を提供されておられます。そのような状況では、「良い品を気軽に買っていただきたい」と考えて提供されている「気軽に買える安い品」は「大切にする必要はない、気軽に捨てられる品」と見られるかもしれません。
多くの商材の売値が下げられ、物価が上がらなかった平成の日本では、商材を値下げすることで、商材をつくり提供する人や商材をつくり提供する行為そのものの価値を下げていたのかもしれないと私は思うことがあります。
≪価値をつくり、伝える≫
D.アトキンソン氏がご著作『新・生産性立国論』の中で、価格を下げることなど誰でもできる、経営者の役割は、商材や会社の価値を上げることであり、商材や会社の価値を上げるための価値を創造することだと書いておられます。
ごもっともと思いますが、商材の魅力や価値は必ずしもその商材を見たり使ったりすれば誰もがわかるとは限りません。『この音とまれ!』という漫画の中に、主人公たちの琴の演奏には、高度な技術が用いられているけれど、聴いている方には高度なこと、難しいことをやっているようには聴こえない、それが音楽というものだ、というシーンがあります。同じように、シンプルで安く提供できそうに見える商材は、実は試行錯誤を重ねた結果、出来上がったものかもしれません。
このように、パッと見たり使ったりしただけでは価値がわかりづらい商材については、特に「伝えるべき価値」が何でその価値は誰にどうやって伝えるかが大切になります。
優れた商材を小規模に提供している事業者さまの中には、小さな商圏のリアルな口コミや評判で事業ができてしまうため、マーケティングや広報に関心を寄せない方もおられます。しかし、人口が減り商圏を拡げなければいけない今後は、これまでとは違う顧客に、これまでとは違う方法で、自社の商材の魅力や価値を分かりやすく伝えることが必要になります。「これまでとは違う」「よく知らない顧客」に自社の商材の価値を伝える手段としてネットはとても強力です。
ただし、ネットを使って自社の商材の価値を伝える際、稚拙な文章や図画を用いると顧客の評価が低くなる傾向があるそうです。下のグラフは、同じスキンケア化粧品について、一週間、継続使用した前後のアンケート結果を示しているそうです。
AとBとでは商品について伝えた情報と伝え方を下の表のように変えており、その結果、同じ商品なのに商品の評価が違ってしまっています。
(出典)方波見麻紀「知覚品質が属性評価に与える影響~ブランドの使用経験変容効果」
このように、商材を文章や図画で説明する際、お客さまにわかりやすいように、親しみやすいように、簡単な言葉を並べた稚拙な文章や子どもっぽい画図を使ったことで商材の価値を下げてしまう場合があるので注意が必要です。