≪価格競争とコストリーダーシップ戦略は別モノ≫
今回の記事は、時事ネタ始まりです。2024/1/15付日経新聞朝刊にバーゲンセールが減っているという記事が掲載されていました。記事の中でこれまでは「他社に負けないように全方位で作っていた」という、大手アパレルメーカー取締役のコメントが紹介されていました。
バーゲンセールは特定期間に商品を値引きして売る販売方法です。過去30年間、物価が上昇しなかったと言われる日本では、これまでA社が値下げしたらB社も値下げするという値下げ競争があちこちで繰り広げられていました。
「安さで顧客を取り合う競争」は、経営学で「コストリーダーシップ戦略」と名付けられている戦略と見た目は同じです。ただし「コストリーダーシップ戦略」は、「市場で大きなシェアを握る独占企業になる」ことを目指すための手段の一つであり、価格競争をする目的は「他社に売り負けないようにする」のではなく、「他社の顧客を奪って市場シェアを拡大して市場独占に近づく」ことです。
一方、「他社が値下げしているから負けないように自社も値下げする」ことは、「ベルトラン競争」と呼ばれます。経営学では、ゲーム理論』と呼ばれる理論において、ベルトラン競争に陥ると価格競争し続けて企業は儲からなくなることが説明されています。
≪コストリーダーシップ戦略とIO型の競争環境~企業は独占を目指す≫
「コストリーダーシップ戦略」は、IO型の競争環境にフィットしやすいそうですが、別記事に書いた通りIO型の競争というのは、基本的には独占企業になることを目指す競争です。企業が独占企業になることを目指す理由は、経営学では、産業組織論(IO=Industrial organization理論)またはSCP理論(structure-conduct-performance)と呼ばれる有名な理論で説明できます。
IO理論(またはSCP理論、以下、IO理論)というのは、「儲かる構造の産業(市場)」と「儲からない構造の産業(市場)」とがあることと、「儲かる構造」と「儲からな構造」とができるメカニズム(条件)を説明した理論です。IO理論では「市場に参入障壁がなく、同じ商品を提供する無数の企業が存在して顧客を取り合うという完全競争の状態では企業はまったく儲からない」ということが示されています。反対に、「自社と同じ商品を提供する他社が存在せず、市場を独占している状態」であれば企業は儲けまくることができるとされています。
企業が市場で大きなシェアを握る独占企業を目指すのは、市場を独占するほど儲けやすくなるためです。別記事で書いたとおり米国(や欧州、グローバル市場)はIO型の競争環境になりやすい一方、日本はチェンバレン型の競争環境ができやすい文化風土や制度があります。
チェンバレン型の競争というのは、競合企業同士が自社の特徴を反映した商材をつくり自社の特徴を好む顧客を引き寄せるタイプの競争です。例えば、炊飯器市場では、保温瓶技術がある象印やタイガーは炊き上げ力勝負、多機能家電が特異なパナソニックや東芝は機能充実といった特徴で棲み分けをするチェンバレン型の競争が行われていると見ることができます。
≪チャットGPTさんに聞いてみた≫
このようにチェンバレン型の競争環境になっている状況では、複数の競合企業が差別化した商材で顧客を引き寄せ合うため独占企業は出現しづらく、独占を目指して価格を下げるコストリーダーシップ戦略はフィットしがたいと考えられます。
この点をチャットGPTさんに聞いてみたのが下記の「会話」です。
私:チェンバレン型の競争環境ができている状況で、市場シェアを獲得するためにコストリーダーシップ戦略をとることはどのように評価されますか。
ChatGPT:チェンバレン型の競争環境では、企業が市場シェアを拡大するためにコストリーダーシップ戦略をとることは一般的には難しいとされています。
コストリーダーシップ戦略は通常、大量生産や規模の経済性を活かし、価格競争において他社との差別化を図るために採用されます。しかし、チェンバレン型の環境では、企業は価格以外の要因で差別化を図る必要があり、そのためには商品やサービスの独自性やブランドの構築が重要です。
≪同調あって戦略なし≫
本記事の冒頭で紹介した日経新聞の記事では、売り上げ拡大に向けて「右へならえ」で続いてきたバーゲンセールが消えつつあると書かれており、同じ日の日経新聞の別のページには日本企業が価格設定をする際には競合企業と同様の行動を取りやすいことが書かれています。
他社がバーゲンセールをして売り上げを拡大したから自社も、他社がバーゲンセールを止めて売り上げ拡大より利益率を高めたから自社も、他社が値下げしたから自社も、他社が値上げしたから自社も、という「同調」は、企業の活動としては自社のことも自社を取り巻く環境のことも何ら、自分で考え、自分で決めていないに等しいのではないかと思います。
そもそも「他社が値下げしたから自社も値下げする」というのはベルトラン競争に陥るということであり、戦略的な競争ではありません。そしてベルトラン競争(ゲーム理論)が教えているのは、「企業は競争するほど儲からない」ということです。一方で企業が競争しなくなると「他社より優れた商材を提供しよう」という努力を怠りがちになるため、現在の資本主義諸国では企業が「健全な競争」をすることを促す制度・ルールが敷かれています。例えば、市場の独占を目指してコストリーダーシップ戦略を講じることは健全な戦略ですが、政財界の有力者に働きかけたり少数の事業者同士で示し合わせたりして市場を独占しようとすることは贈賄や談合として禁止されています。
欧米と異なりIO型競争環境が形成されづらい日本では、市場の50%を超えるようなシェアを握る独占企業は同情しづらく、大きくても10~20%程度のシェアを持つ3~5社程度の企業同士が競い合うチェンバレン型競争環境を形成している業界が多くなります。チェンバレン型競争環境ができている場合、価格競争をしたところで市場シェアを拡大して独占に近づく「コストリーダーシップ戦略」が功を奏することは難しいことは、チャットGPTさんが教えてくれた通りです。
すなわちチェンバレン型競争環境が構築され、IO型競争環境が構築できる見通しや策略に乏しい状態で他社が価格を下げたから自社も価格を下げれば、ベルトラン競争に陥って利益が得られなくなることは経営理論から示唆されています。チェンバレン型競争環境では、チャットGPTさんが教えてくれた通り、他社が価格を下げてきた場合、自社は価格を下げるのではなく、自社の特徴を際立たせて個性(差別化)で競うことが王道でしょう。
もちろん王道が正解というわけではありませんが、王道から逸れて経営理論から悪手であることが示唆されている手を取るのであればよほどの工夫が必要でしょう。そうした工夫もなく「他社がやってるから自社も」は、何もしなくても市場が拡大してくれる人口増加の時代や成長期の市場であれば通用したかもしれませんが、人口減少の時代や成熟期を過ぎて顧客が減ってきている状況で経営層が言う台詞としてはいかがでしょうか。
≪戦略を講じて遂行できますか≫
2024年1月16日付日経新聞にアマゾン・ドット・コムはクラウドサービスの草分けであり、赤字覚悟の投資を重ねてコンピューターサービス(クラウドサービス)という新市場を創出した、という文章がありました。2023年時点でのクラウドサービスの世界市場において、アマゾン・ドット・コムのシェアは32%、二番手はマイクロソフトが23%で両社でグローバル市場の半分以上のシェアを握っています。つまり、アマゾンは、赤字覚悟の投資を重ねながら、グローバル市場を独占できる構造を構築してきたと見ることができます。
このようなアマゾンの投資戦略は赤字が先行したとしても、大きなシェアを握って自社が儲けやすい市場構造にするという目論みがあって採用された戦略なのでしょう。アマゾンは1994年に設立され、創業初期は7期連続の赤字、2000年代に入っても赤字かわずかな黒字という時期を続けてきたことが知られています。それでもアマゾンが成長できたのは、戦略を描き、創業者を含む経営関係者や投資家もそれを理解して戦略が功を奏するまでの長い道のりを一歩一歩、進んで行ったからなのだろうと私は推測します。
顧みて日本の起業家その参謀を含む経営層、さらには投資家や起業支援する方々のどれほどの方々がこうした戦略を理解し、講じ、遂行することができたのか、できるのでしょうか。これまでできていなかったのであれば、それはむしろ、今後、この点を改善することで停滞の30年から抜け出せる可能性がある、という明るい材料となると私は考えています。
今後、日本(の企業)が生き残っていくためには、そもそも日本はIO型の競争環境が構築しづらくチェンバレン型の競争環境が形成されやすい点で米国と同じではないことを念頭に、「米国で功を奏したやり方は日本では功を奏さない」可能性を熟慮することが大切であると私は考えています。また、現在やこれからのように、変化が大きく不確実な環境に向いているのは、IO型やチェンバレン型の競争ではなく、シュンペーター型の競争と言われています。
日本が直面していていつか世界の国々も直面することになる人口減少社会の中で、企業が生き残るためにどうすればよいか、答えがないからこそ、既知の「パターン」を知ることは無駄な失敗を避けて前に進む助けとなると私は考えています。
2024/1/19 記事掲載