別記事で、企業にとって、自社が事業をする「市場」をどのように設定するかによって、事業の成長余地や競合などが変わることを書きました。
その記事では、「クラウド会計サービス」という新しい商材を提供する新興事業者同士は、「クラウド会計サービス市場」では競合という関係になる一方、「PC利用型会計サービス」というより大きな市場に目を向ければ、「インストール型」サービス提供事業者を共通の敵とする仲間ともなりうるという話をしました。
そこで今回の記事では、事業者同士の競争について、経営理論を紹介しながら書いてみたいと思います。
≪競争すればするほど儲からない≫
企業にとって、同じ市場で似たような商材を売る他社は基本的に競争相手となります。企業は競争相手がいると競争相手に負けないようにより魅力的な商材を提供しようと努力します。企業が努力してより魅力的な商材を提供することは顧客にとって好ましいことであるため、現在の資本主義社会では基本的に企業間競争が生じることを是としています。
そこで企業はさまざまなスタイルで競合企業と顧客獲得を競い合います。経営学では企業が繰り広げるさまざまな顧客獲得競争のスタイルについて研究がされ、「IO型の競争」「チェンバレン型の競争」「シュンペーター型の競争」といった競争の型があることが見出されています(これら3つの競争の型については別記事を書いているのでよろしければご覧ください)。
こうした競争の型のうちIO型の競争では、独占企業になることを目的として大きなシェアを握るためにさまざまな戦略(例えばコストリーダーシップ戦略など)が講じられます。ではなぜ、独占企業になることを目指すのかと言えば、「企業同士が競争すればするほど儲からない」ためです。経営学ではさまざまな研究成果として「企業同士は競争するほど儲からない」ことを示す経営理論が提示されており、中でも「ゲーム理論」が有名です。
経営学を学ぶ学徒でない限り、ゲーム理論やこれに類する理論について名称や内容を覚える必要はありませんが、経営に携わる人であれば数々の経営理論が「企業は競争するほど儲からない」ことを示していることは知っておいた方がよいと私は考えています。
≪無駄に競争していませんか?≫
というのも、日本はどうも小さなコップ(市場)の中で無駄に競争する傾向が強いように感じるためです。
例えば、別記事で㈱マネーフォワード(以下、MF)とfreee㈱とは競合同士と書きましたが、両社は相手製品が自社製品を真似しているとして特許権侵害で争ったこともあります。両社間の特許権侵害訴訟は2016年にfreeeがMFを訴えたことから始まりました。freeeは2012年7月設立で2013年3月にクラウド会計サービスをリリースしているのに対し、MFは2012年5月設立、2013年11月クラウド会計サービスをリリースしているので、freeeにとっては、自社商材と似たような商材を後出ししてきたMFを排斥すべき競合と考える気持ちはわかります。
しかし上述した通り、経営理論(例えばゲーム理論)が示すのは「競争するほど儲からない」です。また入山章栄氏著『世界標準の経営理論』では「エコロジーベースの進化理論」と称する経営理論が紹介されています。
「エコロジーベースの進化理論」は大まかに言えば「複数の商材が競合する場合、どういった基準で選ばれるのか」を説明します。この理論によれば、“商材の周囲にいる人たちから「いい」と認められる(「正当性の獲得」)”場合や、“同質で固まる”場合に、競合する商材から選ばれやすくなるそうです(上の図参照)。
別記事で書いた通り㈱マネーフォワード(以下、MF)とfreee㈱とが競合しているのは「クラウド会計サービス」市場ですが、より大きな「個人事業主向け会計サービス」市場では、「PC利用しないサービス」「PC利用のインストール型サービス」「PC利用のクラウド型サービス」といったサービス同士が競合していると見ることもできます。「クラウド会計サービス」は、「個人事業主向け会計サービス」としてはもっとも新しいサービスであり、まだ知名度が十分でありません。
そこで「競争するほど儲からない」という「ゲーム理論」と「エコロジーベースの経営理論」とを持ち出すと、両社は新しくまだ小さい(=成長余地のある)クラウド会計サービス市場で競い合うより、クラウド型会計サービス事業者として固まることで、「個人事業主向け会計サービス市場」において選んでもらう戦略を採る方が賢明であったようにも思えます。もちろん世の中は理論通りに動くわけではありませんし、MFとfreeeとの特許訴訟の背景も私は知りませんが、小さなベンチャー企業が限られたおカネや時間を、経営理論に照らしてみれば悪手とされる行い(競い合うこと)に使うのはもったいない、と私は思います。
新しく優れた商材を開発し事業化する起業家の方々は、必ずしも「競合他社とどう競争するか」という事業戦略に長けているわけではなく、事業戦略や経営学にそもそも興味を持たない方もおられます。そこで、そうした起業家の方々を支える「参謀」が求められます。
そうした参謀の方々や、参謀を必要とされる起業家の方々にとって、こちらのフォーラム記事が自社の事業活動に「使える」経営学の知見やその使い方のヒントを提供できるものであれば幸いです。
2024/1/16記事掲載