≪初期市場から普及市場へ≫
別記事で、新しく登場した商材はマニアックな少数者(イノベーター)に購入され、世の中に知られるにしたがって、「マジョリティ」と呼ばれる多くの顧客に購入されるようになるという「製品普及理論(イノベーター理論)」を紹介しました。
世の中に知られていない商材に好奇心を持って購入する顧客はイノベーターとアーリーアダプターと呼ばれるタイプです。イノベーターとアーリーアダプターは顧客全体の16%を占めるだけの少数者(マイノリティ)であり、顧客層全体の残りの86%はまだ顧客になっていません。そこで、新商材の中心的な顧客がイノベーターなどのマニアックな少数者である場合、その新商材は「初期市場」の段階にある、と言われることがあります。初期市場は、別記事で紹介した製品ライフサイクル理論で「導入期」と呼ばれる状態に新商材が留まっている段階の市場の名称とも言えます。
(出典)B to B マーケティングの教科書 (https://btobmarketing-textbook.com/product-life-cycle/)
少数の「新しもの好き」の間でしか知られず購入されなかった新商材が、顧客層全体の34%を占めるとされる「アーリーマジョリティ」と呼ばれるタイプの顧客に知られ購入されるようになると、製品ライフサイクル理論ではその新商材は「成長期」に入ったとされます。
「成長期」に入った新商材は、初期市場の主な顧客とアーリーマジョリティとを合わせると顧客層全体の50%が顧客になってくるほどに世の中に普及してきたことになります。そこで、アーリーマジョリティと呼ばれるタイプの顧客に購入されるようになった新商材は、「初期市場」から「普及市場」に移行したと位置づけられます。
≪初期市場と普及市場の違い≫
初期市場の主たる顧客層であるイノベーターやアーリーアダプターは好奇心が旺盛です。このため、購入した新商材が期待したほどでもなかったとしても、新商材を自分で試して改善策を考えたり良しあしを判断したりすることに価値を感じます。
一方で普及市場の主たる顧客層は、初期市場の主顧客のように「新しさ」や「好奇心を満たすこと」に価値を置きません。例えば普及市場の最初の顧客層とされるアーリーマジョリティは、流行に敏感で新しい商材に興味を示します。しかしこのタイプは基本的に実利実益重視であり、期待外れの商品は買いたくないと考える「普通の消費者」です。そこで他人の評価や世間の評判を参考にしますが、流行に敏感なので、特にアーリーアダプターの評価を参考にするとされています。
レイトマジョリティは、保守的で新しい商材には懐疑的、抵抗感を覚えるタイプであるため、不具合が発生したり期待外れを買う羽目になったりすることがないほど、世の中に浸透した商材を求めます。中には、新しい商材をどうしても受け入れないほど保守的な方もおられ、イノベーター理論ではそうした方を「ラガード」と呼んでいます。
このように初期市場と普及市場とでは主たる顧客のタイプが異なります。このため、初期市場に受け入れられた新規な商材でも、普及市場の顧客には受け入れられないことが起こりえます。この結果、初期市場に浸透したのに普及市場に入れないという事態がしばしば生じており、初期市場と普及市場の間には越えがたい溝(キャズム)がある、と言われています(キャズム理論)。
≪市場規模と競合相手(プレイヤー)≫
初期市場と普及市場とでは、顧客のタイプが異なるだけでなく、顧客の数=市場の規模も大きく異なります。私見ですが、下図に示すように、市場規模が10~20億円程度になってなお成長余地があると考えられる新市場には、初期市場に商材を投入した企業に比べて規模が大きな企業が参入してくるようです。
小規模な事業者と大規模な事業者とでは、事業や組織のつくりや動かし方が異なります。一般的には小規模な事業者は「顔が見える」程度の人数(100人未満)規模であるのに対し、大規模な事業者(大企業)は数千人から数万人が働く組織であり、年間数千億円以上の売り上げを得る必要があります。このため大規模企業は基本的に「マスマーケット」と呼ばれる、人数が多いマジョリティ顧客向けの市場(普及市場)で事業を展開します。
以上を整理すると、新しい商材はまず、好奇心が強い少数者を顧客層として、売り上げ(市場規模)も小さく、競合企業(プレイヤー)には大企業が少ない(いない)「初期市場」に登場します。新商材が「斬新さや個性よりは実利重視」の「普通の顧客」に受け入れられる、つまり普及市場に入ると、売上(市場規模)が大きくなりますが、中堅企業や大企業が競合になってきます。
初期市場と普及市場とは、上述したように顧客のタイプ(関心事)や競合相手が異なっています。「キャズム」というのは、初期市場と普及市場とのこうした「違い」に対応できなないために発生することが多いと考えられます。
「キャズム」を超える方法は、経営学や実務現場でさまざまに検討されていますが、本フォーラムにおいても別記事で検討したいと思います。
2024/1/19 記事掲載