≪“市場”における顧客獲得競争と市場の範囲≫
別記事の冒頭でも書いたことなのですが、会社が自社の商品やサービス(商材)を売る場合、通常は他社が似たような商材を売っています。自社と似た商材を売る他社はお客さま(顧客)を取り合うという意味で「競合企業」と呼ばれ、競合企業同士が顧客獲得競争を繰り広げる範囲を経営学では「市場」と呼びます。例えば、スシロー、くら寿司、かっぱ寿司は「回転ずし市場」で顧客獲得競争をする競合企業同士です。
ここで「市場」をどの範囲と考えるかで、市場の規模や顧客層、競合企業などが変わります。例えば個人事業主が会計業務をするためのサービスの一つに、パソコン(PC)を使って会計処理をするための情報処理(IT)ツールがあります。PCで会計処理をするITツールには、大きく分けてアプリやソフトウェアをPCにインストールする「インストール型」(下の右側円グラフの薄オレンジ色の部分)と、インストール不要でITツールを提供する事業者が運営するウェブサイトにログインする「クラウド型」(下の右側円グラフの赤色の部分)とがあります。
(出典)株式会社 MM総研 クラウド会計ソフトの利用状況調査2021年4月末 (https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=490)
クラウド型の商材を提供している事業者としては、㈱マネーフォワードとfreee㈱という会社があります。両社は同じ頃に設立され、同じ頃に似たようなサービス提供を始めています。両社の市場をクラウド会計サービスと見れば市場の範囲は上の右側グラフの赤色の部分となり、両社はこの市場で顧客を奪い合う競合同士となります。
しかし、両社の市場を「PCを使って会計業務を行うPC利用型会計サービス」と見れば、市場の範囲は右側グラフの赤色と薄オレンジ色の部分とを合わせた範囲となります。赤色の「クラウド型」に比べてオレンジ色の「インストール型」が大きいのは、クラウド型はインストール型より新しい商材であり、まだ普及が進んでいないためです。
さらに市場を大きく「PC利用型」に限らない「個人事業主向けの会計サービス」で考えれば、上の図の左側グラフ全体の市場の中で、「PC利用型」市場は全体の35%を占めるに過ぎず、クラウド型会計サービスはわずか10%を占める小さな市場であることがわかります。
そこで㈱マネーフォワードやfreee㈱が、自社の市場を「クラウド型会計サービス」と見ずに「PC利用型会計サービス」として見れば、顧客の数(市場の大きさ)は2倍以上となります。自社は「個人事業主向けの会計サービス」市場にいると考えれば、顧客の数(市場の大きさ)は9倍にもなります。そうすると両社は「クラウド会計サービス」市場で競う競合同士という関係ではなく、「PC利用型会計サービス」市場において「インストール型会計サービス」を提供する事業者や「PCを利用しない会計サービス」を提供する事業者を競合企業とする「仲間同士」と考えることもできます。
≪小さな市場に留まるか大きな市場を見るか≫
このように市場の範囲を変えてみれば、自社の顧客の数や質、顧客単価、ライバルとなる企業(との関係)などが違ってみえてきます。自社の顧客(候補)が何人くらいいるのかということは、自社はどこまで売り上げを伸ばせるかということに関係します。また自社の競合企業が変われば、事業のやり方や販売の仕方も変える必要が出てきます。
小さな市場から出て大きな市場で事業をしようとすれば、より大きな市場で事業をしてきた事業者が競合となり、いままでより厳しい顧客獲得競争にさらされることになる可能性もあります。特に新しい商材を出した場合、その新しい商材がこれまでより良い商材で人気が出れば、自ら大きな市場に出ようと思っていなくても、たいていの場合は別の企業(特に、これまで競合と考えてこなかった知らない企業)が自社の商材と似た商材を出してきたりします。
そう考えると、新しくてよりよい商材を出した場合、小さな市場を見ているか視野を広げて大きな市場を見て知ってそこで闘えるようにするのかは、自社が自ら決意して大きい市場に出ていくのか、他社が自社の市場に入ってくることによって大きな市場に自社が引きずり出されるのかの違いになるのではないでしょうか。
私が知る範囲では、小さくとも優れた技術や商材を持つ事業者さまは少なくありません。そうした小さな事業者さまは、自分が見える範囲や知っている範囲の「小さな市場」のことは感覚的、経験的によく理解されています。一方でそうした事業者さまでも、自分がいる市場の特徴(市場規模や競合、顧客の特徴など)やその市場における自社の強みや弱みをうまく説明できなかったり、より大きな市場のことがわからず、より大きな企業の知らない企業と関わるようになってから苦労されたりすることがあります。
また、素敵な商材を持つ、つくれる事業者さんや起業家さんは、案外、経営や経営学に興味がないことも少なくありません。そのため当社のように経営者や起業家を支える「参謀」が必要とされると私は考えていますが、私たちのような「参謀」と起業家さんや社長さんのような経営トップとが経営について一定の知識を共有できていると、両者が上手く役割分担をして支え合えるように私は感じています。
当社は参謀サービス(Nurturing Corporation事業)を提供するとともに、自社の事業(Nurturing Living Being事業)開発もしておりますので、クライアントである事業者のみなさまと一緒に、ときに参謀として、ときに経営者仲間として、経営学の知見を学び、活用していければ幸いです。
2024/1/16記事掲載