会社が商品やサービスを売る場合、たいていの場合は似た商品やサービスを売る他社が存在します。自社と似た商品やサービスを売る他社は、顧客を取り合う競争相手(競合企業)と位置付けられます。競合企業同士は、顧客を取り合うための競争(顧客獲得競争)をしますが、経営学では競合企業同士の顧客獲得競争にいくつかのスタイル(型)があることが見出されています。
経営学者の入山章栄氏はご著作の『世界標準の経営理論』の中で、「IO型」「チェンバレン型」「シュンペータ型」という競争の型を紹介しています。「IO型」の「IO」とはIndustrial Organization(産業構造)の頭文字で、「IO型の競争」というのは、自社が市場を独占できるように産業構造(IO)を変えようとする競争の型と説明されています。IO型の競争では、価格を下げてでも大きな(例えば半分以上の)市場シェアを確保したり、他社を買収したりして、自社が独占企業になることを目指します。一方、チェンバレン型の競争では、企業は独自のリソースを反映して商品やサービスを他社と「差別化」し、自社の商品やサービスを好む顧客を他社より多く確保しようと競争します。また、シュンペータ型の競争では、環境変化に対する適応力の高さで勝負します。
顧客を魚、企業を漁師とすれば、IO型の競争とは漁場に行く道に鍵をかけて自分だけが漁ができるような状況をつくり出すような競争です。チェンバレン型の競争では、他社がルアー(疑似餌)で漁をする横で自社は撒き餌をして漁をするといった競争が行われます。シュンペータ型の競争では、風がなければルアーで漁をし、風が吹けば撒き餌をして雨が降れば網を投げる、というように、状況の変化に応じて行動を変えることで顧客(魚)を多く得ようとします。
入山氏は、業界によってフィットする競争の型が異なると述べていますが、私は国によってIO型の競争が好まれる文化風土や制度と、チェンバレン型の競争に落ち着きやすい文化風土や制度があるように感じています。
例えば、日本の「独占禁止法」と米国の「反トラスト法」はどちらも競争政策という意味では「同じ」法律なのですが、米国の反トラスト法は独占を推奨するのに対し、日本の独占禁止法は弱者保護の色合いが強いそうです。このため、米国は日本に比べて独占的な地位を構築しやすくIO型の競争戦略が採られやすいのではないかと考えます。
20世紀の後半に設立されたGoogleは、有望な(つまり競合となりうる)企業を設立初期の「小さいうち」に買収してきました。Googleは設立後30年に満たない現在、巨大な独占企業として危険視されるようになっていますが、Googleが短期間で独占企業となったのは、「独占を推奨する」米国の風土において、他社を買収することでIO型環境を構築する事業戦略を採ったことが功を奏したと見ることができるでしょう。
また、米国ではベンチャー企業のゴールとしては他社による買収(M&A)が最も多いのも、米国では市場を独占するために他社を飲み込む(買収する)戦略が採りやすい、文化風土に合っていることが一因であると私は考えています。ちなみに、日本ではベンチャー企業のゴールは、株式公開つまり上場(IPO)または外部から調達した資金を戻す買戻しがほとんどであり、他社による買収(M&A)は少なく、米国とは真反対となっています(下図参照)。
(出典)日本政策投資銀行 今月のトピックス No.270-1 (https://www.dbj.jp/pdf/investigate/mo_report/0000170428_file3.pdf)
日本では、米国に比べて巨大化する(あるいはした)ベンチャー企業が少ないと言われますが、そもそも日本は米国に比べて市場を独占する覇者を目指す戦略が採りにくい風土や制度を持っているとすれば、米国のような巨大企業は誕生しがたいのが当然かもしれません。
近時、日本で新興企業が台頭しない状況が問題とされ、国を挙げて起業が推奨されています。しかし、日本はバブル経済崩壊後の「失われた30年」の間、米国を範としたさまざまな政策を講じてきています。「失われた30年」に公示された産業振興政策は、近年、一部について見直しがされていますが、個人的には、日本固有の文化風土や既存の政策や制度といった「土壌」の上に米国の土壌で育った植物を植えて枯らしてしまったケースもあるように感じています。
「失われた30年」の間に講じられた日本の企業活性化策については、こちらをご覧ください。
2024/1/12記事掲載