最近、日本では新興企業の育成や企業の活性化の必要性が度々、報じられ、新興企業を育成するためのさまざまな政策や取り組みが提案されたり実施されたりしています。起業活性化が論じられる際、日本経済はバブル経済崩壊以降30年に渡って停滞し続けてきた一方で、米国は日本に比べて起業が盛んで新興企業が台頭することによって経済社会が発展したことにしばしば言及されます。
上は日米中の国際競争力の推移と、主な新興企業の動きをプロットしたグラフです。バブル経済が崩壊した1991年、世界1位にランクされた日本の国際競争力は低迷を続け、一方で米国は1990年代から2000年代にかけて高いランキングを維持しています。米国経済が世界最強と位置づけられた1990年代から2000年代、日本経済が低迷し続けるのに対して、米国ではGAFAMとして知られるようになった企業が設立され急激な成長を遂げています。(なおGAFAMを構成する企業のうち、AppleとMicrosoftは1970年代の第2次ベンチャーブームの設立)
ところで日米経済の差が付いた1990年代から2010年代にかけて、日本では米国に倣った様々な産業振興政策が講じられてきました。
例えば、1980年に米国で成立した、大学や国家機関の研究成果の民間活用を促進する法律「バイドール法」の日本版「産業技術強化力法」は1999年に成立しています。1999年には、米国で1980年代の初めから採用されていた、発明を奨励する政策(プロパテント政策)も日本で始まりました。また、米国で1982年から始まった小規模企業を育成するための「スター誕生」制度(SBIR制度)も、「中小企業等経営強化法」という名称の日本版の制度として1999年から実施されてきました。
簡単に言えば、日本は約20年遅れで米国が講じた「起業活性化策」を講じてきたということです。けれども、米国では起業活性化策が講じられて15年程度で「成果」が現れ始めたのに、日本では米国で成功した起業活性化策を講じて20年を過ぎてもまだ米国のような成果が出ていない、というわけです。
こうした状況に対して、政府も近年、一部の制度の見直しなどをしています。例えば、SBIR制度については、山口栄一氏がご著作『イノベーションはなぜ途絶えたか』において、米国版と日本版(1999年施行の旧版)には下表のような違いがあることを指摘しておられます。
上の項目から順に説明すると、まず、米国のSBIR制度では政府機関がSBIR制度に参画しています。そして、SBIR制度に参画する政府機関が必要とする技術や製品などについて、科学技術に精通した科学行政官がSBIR制度で求める開発目標やニーズを設定します。これが「科学行政官による開発目標の設定」です。対して日本にはこうした調達目標を設定できる科学行政官はおらず、日本版SBIR制度は、政府機関のニーズに基づいた技術開発を民間の新興企業に求める制度にはなっていません。
次に「資金援助」については、米国のSBIR制度では科学行政官から提示されたニーズを満たした企業に「賞金」が与えられます。賞金の付与は3段階になっており、段階を経るごとに与えられる賞金も大きくなる方式となっています。一方で日本版SBIR制度は中小企業に対する補助金の交付制度に準じており、公的機関が示したテーマに対して企業が解決策を提案し、採択されれば補助事業を実施し、補助事業の実施後に補助金が交付されるスタイルとなっています。
最後の「販売援助」については、米国ではSBIR制度に参画している政府機関がSBIR制度を通じて技術や商品を調達することが義務付けられており、政府機関がSBIRの成果技術を購入する「最初の顧客」となることで市場づくりを支援します。しかし日本では、政府や公的機関が事業成果として創出された技術や商品を購入する「顧客」となって販売実績を与えることはしません。
ベンチャー企業を設立し経営している身として上記の違いは決定的というか、致命的であると感じます。日本でも米国でも資金が得られるのは開発を行った後であり、開発に要する資金を自分で用意する必要があるのは同じなのですが、米国では、提示された目標やニーズをクリアしたと認められれば賞金がもらえるのに対し、日本では補助金を申請した事業の範囲外とされた場合、受けられるはずの補助金が受けられないこともあります。そもそも日本では補助金を申請するために、事前に事業計画その他の書類の作成が必要であり審査に通る必要もあります。さらに補助金の申請が通った場合、補助事業に要した経費をしっかりと管理し、補助事業が終了した後には、補助金を受け取るために経費や成果報告も求められます。補助事業を実施するための管理コストは補助事業の2割程度になることもある上、経費の使途や補助事業の実施内容によっては補助金が出ないリスクもあります。それでいて、補助事業として実施した成果は政府や公的機関が調達することは予定されておらず、何なら「特許が取得されているように、特定の事業者しか実施できない仕様の製品やサービス」は公共事業から排除されることすらあります。
日本版SBIR制度については、上述した点などに問題があるとして2019年に見直しが検討され、見直しの方向性が示されています。「日本版SBIR制度の見直しについて」と題する資料には米国SBIR制度の特徴を下図のように整理し、日本版SBIR制度について「特定補助金等の交付を受けた中小企業者等に対する事業化支援を行う制度」としたうえで、イノベーション創出のための支援になっていないと述べています。
(出典)内閣府・中小企業庁 (https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/seidokadai/4kai/siryo4.pdf)
支援を受ける側から見た上述したような課題が是正されるのかは現時点では明確ではありませんが、米国の起業活性化策を模しつつ期待された効果を上げられていない政策は少なくありません。
例えば、起業活性化策の一つである「プロパテント政策」は、米国の文化風土や価値観を反映した特有の制度に対して、日本には米国とは異なる文化風土や制度があるため、米国版プロパテント政策を「輸入」したものの、特許の「有用性」や「使いで」が日本と米国とでは全く違ったものとなっています。
プロパテント政策を採用した日本と米国における「特許の効能」の違いについては、別記事で述べますが、SBIR制度にしてもプロパテント政策にしても、日本の既存の制度や仕組みの枠内で「米国流」ができるようにする、いわば「土台」は日本式のままで上物だけを「米国式」にしただけでは必ずしも期待された効果は出せず、「失われた30年」に講じられて効果を奏せていない産業振興策は「土台」からの見直す方がよいように感じています。
2024/1/12記事掲載