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無形資産経営が求められる時代?

 

無形資産の重要性について

2020年1月、『無形資産が経済を支配する』と題する本が出版されました(原書は2017年出版の英国人著者の著作)。同書では、企業が商品・サービスを提供するためのリソース(資本)として資金を投じる対象が、機械や設備、原料といった有形物からアイデアやネットワークといった無形物へと変化していることが紹介されています。同書によると米国では1990年代半ば以降、無形物への投資(無形投資)が有形物への投資(有形投資)が上回っており、欧州では無形投資は有形投資を上回っていないものの増加しているそうです。日本でも、内閣府が発表した2011(H23)年度年次経済財政報告において、無形資産投資が増加しており、経営における無形資産の重要性が増しているとされています(https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je11/h05_hz020313.html)。

無形資産が経済を支配する』『平成23年度年次経済財政報告』では、企業の利益の源泉たる資本として無形物の重要性が高まっており、企業がグローバルな市場で国際的な競争力を持つ上で、無形資産の重要性が高まっているとされています。

日本経済~モノづくり(工業社会)の成功と失われた30年

日本の人口は世界10位、太平洋戦争後に経済発展を遂げ経済力のある分厚い中間層を有することから、市場としては米国、中国、欧州と並ぶ世界有数の大きさです。日本企業は、人口が増加フェーズにあった戦後50年以上、世界でも有数の国内市場を獲れば売上を増やすことができ、国内市場を制するために培った資本は、より大きな米国をはじめとするグローバル市場を制する上でも競争力の源泉となりました。

しかし、モノづくりの生産効率が向上するほどモノが普及する速度が高まりモノが余るようになると、モノづくり・モノ売りの経済は失速し、サービスや情報といった無形財を生産し取引する経済が成長するようになりました。このようなモノからコト・情報へという需要の変化は1970年代には出現しはじめ、1990年代から2000年代にかけては、インターネットの登場により世界中の需要者に瞬時に情報サービスが提供できるようになったことから、世界で最も成長した産業は情報サービス業となりました。

1950年代から80年代までモノづくりで世界を制した日本企業はこの、モノからコト、情報サービスという産業構造の変化に対応できず、1990年代以降、30年に渡って国際的な競争力を失った状態が続いています。

日本の産業政策

日本政府はこのような日本経済の失速に対し、さまざまな産業政策、とりわけ、新しい技術を核とした新規産業の創造を図る政策を講じてきました。日本政府が講じた政策の多くは、バイオテクノロジーや情報処理技術(IT)分野における革新的な新技術を核にして新産業が成長した米国を模しています。

下図は、Japan as No.1と謳われた日本経済の絶頂期から経済が低迷する現在までの30年に渡る日本の国際経済力の推移(オレンジ色の線)と、日本政府が講じた産業政策、それに呼応した省庁、大学その他の関係各所の動きを示すものです。

日本では、下図に示す第3次ベンチャーブーム以前、戦後の第2次創業ブーム(1945年頃)、第1次ベンチャーブーム(1970年頃)、第2次ベンチャーブーム(1980年代前半)があったと見られています。第2次創業ブームでは、ソニーやホンダが生まれ、研究開発型と言われる第1次ベンチャーブーム

では様々な外資系を含むベンチャー企業が誕生して消えていく中で、日本電産、キーエンスが大きな成長を遂げました。次の第2次ベンチャーブームで誕生した企業はHIS、ソフトバンク、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)などの流通・サービス業です。以降、下図に示す第3次、第4次のベンチャーブームで誕生し注目されている企業はほとんどが情報サービス業で、モノづくりベンチャーとしてはユーグレナがある程度です。

​このように流通・情報サービス分野を中心に成長力のあるベンチャーは誕生しているものの、第2次ベンチャーブーム以降国内で誕生し成長したベンチャー企業の中で海外展開に成功したといえる企業は少なく、日本の国際経済力は浮上していません。

特に、米国を模して大学や政府機関で行われた研究成果を核とした新産業、ベンチャー企業の育成についてみれば、下図に示すようなさまざまな政策は功を奏したと言い難い状況にあります。

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無形資産を経営資源として活用するために過去を知る

2019年、政府は、大学や政府の研究機関などで創出された技術を核とした新産業創出を促進する米国の産業政策であるSBIRを模した日本版SIBR制度・中小企業技術革新制度の見直しに着手しました。日本版SBIR制度については『イノベーションはなぜ途絶えたか』において米国制度との違いや課題が述べられています。2019年に始まった内閣府における見直しは、『イノベーションはなぜ途絶えたか』の著者である山口栄一氏も委員として意見を述べられており、今後、どのように見直されていくのかが期待されます。とはいえ日本版SBIR制度は制定から20年が経過しており、その間、日本版SBIR制度に今回の見直しにかかるような課題があることは、一部の人が知っているにすぎませんでした。

また、2020年の秋には政府が無形資産を担保にできる制度づくりの検討を開始するとの報道がありました。しかしこれに先立つ2009年、経済産業省は無形資産を担保として融資を促進する施策を出しています(上図参照)。経済産業省は、知財立国が宣言された2002年以降、知的資産を経営資源とする経営や融資を促す様々な取り組みを行っていますが、知的資産を担保とした融資は拡がっておらず、中小・ベンチャー企業の関係者の中で、経営力を強化して成長する無形資産を経営資源として確保して活用する風土ができているとはいえず、そもそのそのために必要な知識やスキルを持つ人材自体がほとんどいないのが現状だと私は感じています。

私は、1998年に社会人となって以降、知的財産専門職としてイノベーション政策、知財政策、知的財産関連業務の変遷を見てきました。中でも特許業務は、1980年代に米国がプロパテント政策に転じたことを契機とし、米国市場で存在感を持つグローバルメーカーは大型の特許訴訟を提起され大きな痛手を被って大幅な変革を迫られ、専門分化、高度化が進みました。しかし米国で特許訴訟にさらされた日本企業はごくごくわずかで、多くの日本企業は特許を持つ意義も持たないリスクも痛感しないままであり、”グローバルレベル”の知財活動を支える経験、知識、スキルを持つ知財専門職は日本ではほとんど存在していません。

昨今、若く優秀な方々の起業が注目される中、特許をはじめとする無形資産に興味を持つ方も増えているようです。

近年、無形資産に興味を持つ方々の中には、上述した知財政策や知財業務の変遷について知らず、一部で極めて高度かつ細分化した特許業務や特許権活用の実態を知らないまま、知ったように無形資産を語る方のお話の真偽もわからぬまま、過去に経験された失敗を繰り返している方もおられるようです。

時代環境が変わる中、過去の失敗が今も失敗するとは限らないものの、過去を知り、過去に生じた課題や失敗を知っているのと知っていないのとでは、無駄な試行錯誤に費やすコストが異なると私は思っています。

 

本サイトは無形資産を経営資源として活用するための知の協創を目指し、無形資産を経営資源として活用することに必要な知識を共有するために作成しています。

​2020年秋 弁理士 小野 曜

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